「 顧客シェア 」を求める
一般的なマーケティングでは「市場シェア」が重視されます。これは「商圏内でどのくらいの割合を自社が占めるか」を示したもので、パチンコ店では他店人数調査などで活用されます。
これに対して「 顧客シェア 」という概念があります。これは市場シェアとは違う視点でシェアを考えるもので、業界全体の成長が鈍化している場合に有効な考え方なので、現状のパチンコ業界としてはこちらを考えた方が効率的であると思います。
ではこれら2つの考え方の違いを確認します。
市場シェア重視が有効に機能するのは市場が導入期、または成長期にあるときです。市場が拡大する時期なので市場シェアを向上させることがそのまま業績に直結していきます。
しかし市場の成長が鈍化する成熟期や衰退期に、それでも市場シェアを追求していると自社の業績を落としてしまうリスクが高まります。ここで、一般的な業界での例で考えてみます。
「顧客の数はこれ以上増える見込みがない、市場で自社の商品は顧客にまずまず行き渡っている、競合の数は多い、このような状況で会社からは業績の向上を求められている。さてどうすべきか。」
まず考えられる手は「値下げによる販売数の確保」です。もちろん「差別化での指名買いの増加を図る」という意見もあるかもしれません。
しかし競合が値下げを仕掛けてきた場合、そもそもが「成熟、衰退期」なので差別化しようにも製品のコモディティ化が進んでいて画期的な差別化ポイントが作り出しにくく、顧客も目先の価格面で判断してしまうので勝負の場にすら立たせてもらえなくなるかもしれません。
なので、「そうはさせない」とばかりにまずはこちらも「値下げ」で対応せざるを得ない場合が多いと思います。
こうなると「販売個数としてのシェアは確保できても、本来重要な収益≒利益」は見込みにくくなります。競合とお互いに値下げを重ね、どちらも体力を消耗させていくだけです。
このように成熟、衰退期においては、市場シェアを追求することはかえって収益性を落とす場合が少なくないのです。
成長期であれば「市場シェアの向上=利益の向上」なので市場シェアを重視しても問題はありませんでした。しかし今日のパチンコ業界は明確に成熟、衰退期です。「市場シェアの向上≠利益の向上」なのです。
さて、これまでの市場シェア重視が機能しなくなったことで新しく考え出されたのが「顧客シェア」です。市場シェアが目指す先が「ナンバーワン」であるのに対し、顧客シェアが目指すのは「オンリーワン」です。
これら両者の決定的な違いは、
・何を増やすのか
という対象の違いです。
市場シェアは「市場占有率の向上」に主眼を置きますが、顧客シェアは「顧客財布からの自社への支出割合を向上させること」に主眼を置きます。
「新規顧客の獲得に要するコストは、既存顧客の維持・強化に要するコストの5倍である」と言われています(1:5の法則)。
成熟市場では新しい顧客を獲得することが難しいので、この「1:5の法則」に沿って既存顧客との良好な関係を長期にわたって築くことで長期的な利益を確保すべきといえます。
既存顧客に着目し、彼らの財布の内いかに自社の占める割合を増やすか、これが顧客シェアの基本的な考え方です。
■ 顧客シェア における重要概念、顧客生涯価値(Life Time Value:LTV)
マーケティングは「セリング(売る)→ マーケティング(探る) → ブランディング(忠誠)」という流れで考え方が変遷してきました。セリングはプロダクトアウトの考え方、マーケティングはマーケットインの考え方なので生産志向なのか顧客志向なのかと立場は違いますが、目的は同じでどちらも「市場シェアの確保」です。この両者はどちらも「売ることが目的」です。
しかし上記のとおり、成長期ならば新規顧客の獲得に要するコストも販売によって吸収できても、成熟、衰退期では新規顧客を追ってもその見返りが薄くなります(1:5の法則より)。
ここで「相手にかかわらず売れればいいという時代ではない、売れ続けなければいけない」という考えが出始めました。既存の顧客との長期的で良好な関係の重要性が認識されるようになったのです。この考え方を「顧客生涯価値(Life Time Value:LTV」と言います。
ブランディングが目指すのは、売れ続ける仕組みを作ることです。ただしこれは「既存顧客の維持」ではなく「既存顧客の強化」です。「既存顧客が自社に向ける支出をいかに大きくするか」、そのために重視すべきは市場でのシェアではなく顧客における支出シェアとなり、顧客の財布からいかに自社に向ける支出を増やすかが重要だとなりました。
では、どのようにすればブランディング化が図れるのかを考えます。
顧客シェアは「ウォレットシェア」ともいわれており、一定期間(例えば年など)にある人が購入したモノの金額に対する自社の占める割合を指します。この「顧客シェア」の考え方はそれほど難しくないです。たとえばある人が1年間に缶ビールを500本飲むとして、そのすべてがアサヒスーパードライだった場合、その顧客の缶ビール支出割合からのスーパードライの顧客シェアは100%となります。
また、スーパードライを300本、キリンラガービールを200本飲むとすれば顧客シェアはそれぞれ60%(300/500)、40%(200/500)となります。
上記では分母を「1年間の缶ビール消費量」としました。しかしこれを「1年間に飲むビールの量」にするとどうなるかというと、当然自宅だけでなく外食先も含むことになり、分母が大きくなります。
さらに分母を「1年間のお酒の消費量」とすると、さらに分母が大きくなります。
一般的には、上記3つの見方(缶ビールだけ、ビール全体、お酒全体)があるとすれば最も細かい分類で考える傾向があります。これはマーケティングでよく言われる「NO.1戦略(狭い範囲を特定して、ナンバーワンを宣言することで差別化を図る戦略)」からきていると思われます。
しかし今後の成長、発展を考えるとより広く受けて考える方がよいです。それは次のような理由からです。
(1)分母を大きく考えると、質的向上が図れる
顧客はさまざまなことにカネを使います。顧客の持つカネはすべての支出に向けられるので(貯蓄を含む)、ごく狭い範囲(上記の例でいえば缶ビール)以外にも支出先となるライバルはいるのです。
範囲を小さく見れば分数(パーセンテージ)としての顧客シェアの数値を大きく見せかけることはできます。しかしそんなことをしても自己満足に過ぎず、業績の向上は見込めません。そもそも企業にとって必要なのはシェアという「率」ではなく金額(売上、利益)という「実数」だからです。パーセンテージだけが増えても実数が増えなければ業績の向上とはなりません。
顧客の予算(分母)が変わらない場合は、他に振り分けられるカネを減らさせて自社に振り替えさせるにはどうすればよいか?と考えることになるので、分母を大きくすることは「どうやったら自社に目を向けてもらえるか」という「質的向上」を目指すことに繋がるので、この視点が非常に重要なのです。
(2)100%(分数で言えば1/1)に近づくように考えると、思考の幅が広がる
分母(捉える集団)が大きくなればパーセンテージは小さくなりますが、それでもなお100%に近づくことを目指していきます。
分子は「自社が提供する製品、サービスに支払うカネの実数」です。分母を大きく設定してパーセンテージが100%に近くなるように分子の目標数値(実数)を決めることは、顧客に提供する製品、サービスの質、幅の向上を図ることを意味します。
一例として美容オイルという商品で考えてみます。自社が手掛けているのは、美容に使うオイルです。まずは分母に「顧客である美容室が販売する美容オイルの総額」と置いたとします。
自社の競争力強化には「顧客美容室の陳列数に占める、自社銘柄の割合(数)をいかに高めるか」を考えることになります。
この場合に考えるべきことは、他社製品との比較を通じた自社銘柄の優位性の訴求および新しい優位性の開発です。当然この視点は重要ですが、この視点しかない場合、高確率で性能(効果)競争を招きます。
そのうち性能(効果)が行きつくところまで行き、またそのレベルが顧客美容室の要求品質を超えたとき、必然的に競合との価格競争が始まります。
ここで分母を「顧客美容室が扱う販売物の総額」と置いたとします。こうなると「美容オイルの総額」は全体の一構成要素に過ぎません。シャンプー、クリームなどさまざまな要素が分母の大きさに関係してきます。
美容オイルしか売らない場合、金額としての実数は同じでも分数という値は小さくなります。これは「全体からみた場合の自社製品の価値の小ささ」を示しています。
この分母のまま、パーセンテージを100%に近づけようとすれば、自社が手掛けるべきは美容オイルだけでなくさまざまな商品も含めたトータルでの価値の創造となります。
分母を大きく捉えて、それでもなお100%に近づくように分子の内容を吟味することは、自社商品、または自社そのものの質的発展を促します。このことは、
・自分たちは何を売る企業なのか
という問いへの答えになります。
顧客は理由がない限りカネを出さないです。だからこそ自社が受け取る対価を大きくするためには、それにふさわしい理由が必要です。つまりブランド化とは「顧客に与える理由づくり」といえます。
自社の質的発展を目指すためにも、顧客シェアの考え方はとても重要だと思います。