小山田圭吾氏の問題から考える、ネットの声のパワー

今回は 小山田圭吾 氏の過去の問題をどうこう言う記事ではない。あくまでも一連の流れと対応についての問題点を「SNS、個の声」という視点で述べたものである。

■ コーネリアスと私

 小山田圭吾
2021年7月14日、東京オリンピック2020大会組織委員会が「オリンピック/パラリンピックの開閉会式の製作メンバーを発表し、その中に「コーネリアス」小山田圭吾氏の名前があった。

小山田圭吾氏と言えば90年代初頭、「渋谷系」と言われたサブカルチャーを代表するアーティストであり、私自身も大学生時代にフリッパーズギター(小沢健二氏と小山田圭吾氏によるユニット)の楽曲に衝撃を受け、その解散後も小沢健二、コーネリアスの楽曲を追いかけた。

80年代アメリカンハードロックの隆盛が残る90年代初頭において、この良質なポップはとても斬新な楽曲ばかりだったのである。

私にとっては「憧れのアーティスト」だった。

■ 問題発覚、当初の反応

コーネリアス
さてこの発表があって早速ネット上が反応する。
と言っても現在進行中の「炎上」のことではなく当初は、
「サブカルが政権の犬に・・・」
「渋谷系は死んだ・・・」
「ただただダサい・・・」
といった、落胆の声だった。

東京五輪開閉会式に小林賢太郎、小山田圭吾参加で「渋谷系が犬に」と批判!小山田の過去の“障害者いじめ自慢”にも非難殺到(2021.07.15 10:19)
LITERA https://lite-ra.com/2021/07/post-5952.html


私も最初にこの発表を聞いた時の感想は上記と同じものだった。「主流、本流とは距離を置く、“サブ”という位置づけがカッコイイ」スタイルだった渋谷系、その象徴ともいえるコーネリアスが、年齢を重ねて大人になったとはいえ、オリンピックという「主流、本流、ド真ん中」に参画することに大きな違和感を覚えたのである。

そして、それと同時に「大丈夫かな?」という不安も覚えた。
それこそまさに、現在進行中で炎上している「過去のイジメ問題」である。

■ 情報の統制が可能だった時代

情報の統制
私は上記の通り大学時代がまさに渋谷系サブカル流行と被る。また中学時代からギターを始めていて当時もバンドを組んでいたこともあり(本気でプロを目指していた)、当然「ロッキンオンジャパン」は読んでいた。そして件の1994年1月号もリアルタイムで読んだ記憶があった。(大好きなコーネリアスのインタビューなので当然)

当時この記事を読んだ印象としては、
「こういう異才な人って、ハチャメチャなんだな」
「これくらい(ある意味)おかしな人でないと、ぶっ飛んだ楽曲は創れないんだな」
というものだった。

こういった「普通ではないこと」を堂々と活字で残すことで「コーネリアス」という偶像をより大きくさせていく効果を狙っていたのだと思う。

ある意味「信者」を造るため、だったのだろうか。
当時はいまと違いインターネット、特にSNSは発達していなかった。そのためこの話は記事を掲載した雑誌を読むか、コーネリアスが好きな人、渋谷系サブカル関係に聡い人たちだけしか知らなかったと思われる。

その後2000年代に入りmixiをはじめとするSNSの発展により時期を開けながらも散発的にネット上に拡散するようになり、ネット(SNS)を活用する人たちの間では有名な話となる。

それでも「サブカル系だしね・・・」ということで、このエピソードはある意味「コーネリアスという偶像の箔付け」につながっているかのような展開だった。

しかし現在はSNSが大きく発展しており、「WEB2.0」として「多対多」、個人が広く世間に意見を述べることができる時代となっている。

旧態依然としたマーケティングでは情報の統制は比較的容易だった。過去にはこれと同じくらいのスキャンダルを抱えた案件も多くあったと思われるが、それでも強引な突破は可能だった。今なら大変な炎上となっていたであろう案件としては、

・ポールマッカートニーの大麻所持、現行犯逮捕、日本公演中止
・北の湖の拳銃密輸
・おニャン子クラブメンバーの喫煙、ヒッソリと脱退

などがある。

■ 双方向、多方向時代に情報統制は難しい

難しい
さて今回の炎上である。
2021年7月19日に結局小山田圭吾氏の辞任という形での幕引きを図っているが、炎上が収まる気配はない。

小山田さんのいじめ問題 海外メディアも相次いで詳報(朝日新聞デジタル)
https://www.asahi.com/articles/ASP7M6HX4P7MUHBI02B.html

 
今回の炎上はもちろん過去の小山田圭吾氏自身の行動と発言が原因だが、私はそのことではなく「情報の統制の誤り」について考えてみたいと思う。

比較的最近の事例として「100日後に死ぬワニ」に関する情報の統制、マーケティング展開の失敗があった。

今回の事例の成功点は、
 
・インフルエンサーを活用することで「自然発生的な」盛り上がりは作ることができた
ことです。
 
過去のように広告代理店が前面に立って仕掛けるのではなくその影を消し、インターネット上の小さな力、小さな声の集積を図ることで一大ムーブメントを作り出せることが立証された点が成功点だと思います。
 
いっぽう失敗点もあります。それは、
・世論の統制を甘く見ていた
ことです。

~中略~

消費者が自由に意見を発しまたそれを多方面に向けることができる現在において、大手メディアによる世論のコントロールは難しいということがまた一つ証明されたといえます。
 
インターネットを介したマーケティングは上手に活用すれば大きな効果を生むことができます。それは情報の拡散力だけでなくコストの面でも非常に有効です。
 
しかし、インターネットの活用で「広告に寄与、拡散する実行部隊」は統制された組織ではなく消費者(ネットユーザー)であり、その特性を理解しないと逆効果を生んでしまうこともあります。

「100日後に死ぬワニ」に学ぶ、マーケティング戦略の成功と失敗」より
https://www.ab-c.jpn.com/5631 (2020.3.21)

上記「100ワニ~」の記事でも記載していることだが、「多対多」の時代において情報の統制は非常に難しい。

■ 旧態依然とした思考が問題を大きくした

できない
小山田圭吾氏の問題はマーケティング事例ではないが、大会組織委員会はネットの声、SNSの声を過小評価していたのではないか。

そもそも時系列でもおかしい部分(ほころび)が見受けられる。

・2021年春 小山田氏に開会式の楽曲制作をオファー
・2021年7月14日 オファーしていることを公表
・2021年7月16日 「問題を把握していなかった、過去は過去」として留任を発表
・2021年7月19日 小山田氏自身により辞任を公表、組織委員会了承

まず、2021年春のオファーの時点で仮に知らなかったとしても、その後の時間的なこと及び関わる人の数を考えて「組織委員会としてまったく知らなかった」とは到底思えない。

発表が大会直前、開会式1週間前というのは、勘ぐれば「もしもこの問題が露呈しても、『今更変えられない』という空気になる」という思惑があったのではないだろうか。

2021年春にオファーならいくらでも発表の機会があり、またそれによるオリンピック盛り上げ機運も作れるはずだ。

それなのに、なぜか開会式の直前の発表という選択をした。

この点で考えても、組織委員会関係者は問題を把握しており、「いかに、この問題を矮小化できるか」を考えての行動だったように思える。

最も致命的だったのは「ネットの力、SNSの力、多数の声の力」を見誤っていたことである。

個が声を上げる場としては5ちゃんねる、およびTwitterが挙げられる。どちらも拡散力が突出しており、書き込みが書き込みを生み、どんどんとこの問題に関するうねり、パワーが強大となっていった。

繰り返すが、大会組織委員会はこの「個の力」を過小評価していたのではないか。今回の東京オリンピック、問題が頻出して且つその問題を大きくしていったのはすべてSNS、ネットの「個の声」からのはずなのだが、それでもこのパワーが見えないのだろうか。

■ まとめ

まとめ
この問題から学べることがあるとすればそれは、
・ネットの声を過小評価してはいけない
・情報の統制をしようとしてはいけない
ということだと思う。

問題が発覚してから後手後手に回ると印象は最悪になること、ネット社会において「取り繕う」という選択は最悪の展開に直行してしまうこと、このことを肝に銘じたいと思う。

今回の記事は過去の小山田圭吾氏の行動及びその後の謝罪云々の是非ではなく、「情報の統制の難しさ」を考えてみた。

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